安井 智草

2017年3月、ジュネーブ・モーターショーでワールドプレミアし、10月の東京モーターショーでついに日本仕様車をお披露目した 「エクリプス クロス」。コンパクトかつ躍動感のあるフォルム、シャープなラインに注目が集まった。そして、その存在感を際立たせたのが、印象的なボディカラーだった。まるで内側から発光するようなレッドは、三菱自動車が新たに開発した「レッドダイヤモンド」である。このカラーを手がけたのが、デザイン戦略企画部先行カラーマネージャーの安井智草。「企画当時は生産の現場から門前払いを食らった」と言うレッドダイヤモンド。カラーデザイナーとして抱く色への想いと、このカラーを実現するまでの物語をご紹介しよう。

ボディカラーから内装まで、
色を操るカラーデザイナーの仕事術

カラーデザイナーの仕事は幅広い。クルマのパーツの中で色のつくものすべてにカラーデザイナーが関わっており、デザイン原案から量産体制に載せるまで、全行程に渡ってカラーデザインを担当する。中でも彼らの仕事の真骨頂と言えるのが、ボディカラーの企画・提案だろう。

「クルマのコンセプトや市場調査の結果を踏まえ、私たちカラーデザイナーが色の提案を行います。企画の段階でゴーサインが出たら塗料を扱う職人やデザイナーと打ち合わせを重ね、まずは目標とする色を再現するための塗料を作ります。塗料が決まると今度は小さなメタルパーツから徐々に面積の大きなものにペイントしていきます。面積効果といって面積によって色の見え方が異なることから、最終的には実寸のクルマに塗って色のイメージを固めます」

ボディカラーのデザインは想像以上に難しい。コンセプトを体現するだけでなく、過酷な使用シーンにおいても色あせしないか、量産ラインに載せた時にイメージした色を再現できるか、ユーザーや生産の現場など様々な立場の視点で色を精査する。そんな訳で、初期段階で提案したエッジィなカラーが量産される頃には無難なトーンに落ち着いてしまっている、そんなケースも少なくない。それでも旅行に出かけた先で自分が手がけたカラーのクルマを見つけたとき、それがその土地の風景にぴったりと馴染んでいる時などに、ものづくりの根源にある悦びを感じるという。それがこの仕事の醍醐味なのだ。

安井がエクリプス クロスのカラーデザインに関わるようになったのはおよそ3年前のこと。「エクリプス クロス」に関してはそのコンセプトを体現すべく、全く新しく見える赤の表現にこだわった。塗料の開発だけに、実に1年以上を要したほどである。
「クルマの色ってすごく不思議なものですよね。街中のウィンドウに映り込む愛車に惚れ惚れすることってありませんか?乗っている自分には車体の色は見えないのに、ハンドルを握る自分を不思議と高揚させてくれる。それがボディカラーのマジックだと思います。洗車するたびに見惚れてみたり、天気が悪い時に見せてくれる、いつもと違う表情にはっとしたり。おしゃれして車に乗ったときは、ボディカラーが最高のアクセサリーになってくれます」

それだけ色にこだわる安井が「エクリプス クロス」のために用意したのが、このレッドダイヤモンド。そもそも三菱自動車のコーポレートカラーでもある赤は以前からユーザー人気も高く、対外的な評価も高かった。けれどカラーデザインのプロからすれば、従来の赤よりもっといい色にこだわりたい。新しい三菱自動車を印象づける、全く新しい表情を持った高彩度のカラーが必要だと痛感した。
「私にとってエクリプス クロスの面白さは、ダイナミックで彫刻的なデザイン。そんなクルマを引き立てるのは、光を強くリフレクトする、オリジナリティのある赤だと思いました。情熱的で躍動感があり、何よりも見る者を高揚させてくれる色。そんな赤が欲しくて、新しい塗料を開発しました。何十枚ものメタルパーツを塗って、自然光の下でチェックする。そんな作業を幾度も繰り返しました」

やっと見つけた、安井が納得できる色。実際にそれを再現する塗料がついに完成したのに、思わぬところで問題が持ち上がった。実際に塗装を担う生産の現場からの反対である。
「初めは門前払いも同然でした。普通の赤なら赤い塗装の上にクリアの塗料を重ねれば完成します。けれどこの赤をボディで再現するには、赤を塗る前に下地の色を塗って、それを透過させなくてはいけなかったのです。おまけに、各層全てを一定の厚さで塗らないとムラになる。それは1/1000ミリの世界を追求するというシビアなものでした」
その塗装は、言うなれば日に何台かしか生産されないような特別な車に施されるレベルのもの。「現場からある程度の反対が上がることは予想していた」という安井だが、孤立無援の状態から生産現場とのやりとりをスタートさせたのだった。

クルマをもっと面白くしよう
色への情熱が、生産現場を動かした

塗装生産技術の担当者に「やってみよう」と思わせるために、安井は何度も顔を突き合わせて話し合い、彩度の高い特別な赤、レッドダイヤモンドが必要な理由を自分の言葉で説明した。自動車開発において「決してあきらめない」を信条に掲げる、安井ならではのやり方である。
「とにかく笑顔で、でもしつこく。嫌がられていたとは思いますが、デザイナーとしてはこの赤が『エクリプス クロス』に必要だったし、歴代の赤で最高の色を出したかった。ここで諦めることはできなかったのです」

粘り強い説得の結果、ようやく現場を動かすことに成功しても問題は山積みである。実際に塗装の段になると、どうしても目指す色を再現できなかったのだ。
「塗料自体が難易度の高い構成で、ロボットで一台ずつ塗ってみてもムラになる。これでは当然、量産なんてできません。通常、このプロセスまでくるとデザイナーが現場に立ち会うことはほぼないのですが、今回に限っては私も現場に足を運びましたね。塗装トライをしてもらい、ラインから外に運び出して。陽の光の下でチェックしては『ああ、またムラになった』、その繰り返し。今年の1月にはさすがにもうダメだと、この赤を再現することはできないんだと、気持ちがしぼみかけました」

事態が動いたのは3月も半ばになってからのこと。すでに現場を離れていた、三菱自動車の「伝説」と謳われる塗装のスペシャリスト、木内純二が「エクリプス クロス」を生産する岡崎工場に呼び戻されたのだ。膠着状態に陥ってしまった現状を打破するためには、全く新しい視点が必要だ。生産技術の、そんな要望に応えての登板だった。
「初めてお目にかかる木内さんはいかにも職人然とした雰囲気の、気迫のある方で。気圧されそうになりながらも、とにかく私たちの思いの丈をぶつけてみました。そうしたら最後に『わかった』とおっしゃったんです。『こちらに任せて少し時間をくれ』、って」

なんの音沙汰もないまま1カ月が過ぎた頃、ついに木内から連絡が入る。久しぶりに足を向けた塗装工場。そこには……
「もう無理なのかもしれない、そんな風に思っていたレッドダイヤモンドの『エクリプス クロス』がそこにありました。ああ、最後まであきらめないでよかった、そう思わせてくれた高彩度の赤。それは内側から発光するように輝いて、眩しいほどでした」
安井がその時感じたのは、ものづくりにおいてあきらめないことの大切さ、そして現場が一致団結する強さだった。1カ月の間、つきっきりで仕上げてくれた木内と現場の塗装技術者、そして自分たちデザイナー。時にぶつかることもあったけれど、それぞれが強い気持ちを持って臨んだ先に、このレッドダイヤモンドがあった。それは三菱自動車の生産現場に脈々と引き継がれている、ものづくりへの強い情熱が叶えたもの。

デザイン、塗装、鈑金……クルマの生産には大人数が関わっている。「立場が異なっても、このクルマをベストな形で表現したいというゴールに向かって一つになれたことは得難い体験だった」と安井。実際、カラーデザイナーとしていくつもの現場を踏み、多くのクルマの誕生に携わってきたけれど、生産技術の現場がどういう視点でものづくりを行なっているかに触れることができたのは今回が初めてだった。様々な視点から捉えた色の哲学。それは今後、自分が手がけるクルマのデザインに大きな影響を及ぼすと考えている。

「妥協するということではなくて、あらゆる立場からベストな色を探るということだと思います。現場と深い信頼関係を築くことから、ものづくりは深化する。だから私たちはもっとクルマを面白くすることができる、そう信じています」